注:この雑記には個人的な憶測と偏見に基く見解が記載されています。結果ではなく、過程をお楽しみ下さい。
七つの大罪
人というのは原罪を背負った生き物であるというのは何となく聞いたことがあると思う。ぼくも何となくは聞いたことがある。
2022年5月16日月曜日。どことなくすっきりしない天気ではあるが、ジメっと暑苦しくなりがちな名古屋であっても気温がそこまで上がっていないお陰でまあまあ過ごしやすい日。昼にバーガーキングの前を通りかかったら、七つの大罪の一つ、暴食を冒していそうなメニューが宣伝されていた。
元々のメニューの性質上、オールヘビー(無料で入れられるだけ野菜を入れるという強欲と暴食の両方に障りそうなオプションだ)ができなかったのでやや小振りに見えるがこう見えてパティが三枚入っている。ビッグマウスは伊達ではない。とにかく牛肉とチーズを食ってやる、そんな気概を感じる素晴らしいメニューであった。
大罪の一つを冒してしまったぼくではあるが、そんなこととは関係なく、これから小旅行に出かけるところである。
この旅は大須万松寺商店街近くの、上前津というバス停から始まる。なぜかと言えば単にぼくがこの近くに住んでいるからだ。この上前津という地名は、元々この辺りまで海だったことに由来しているとのことである。一方で大須という名称は、この辺りにある大須観音に由来している。地形由来の地名と寺社由来の地名が混在しているが、この辺りのことは大体「大須」と呼ぶ人の方が多い。住所もこの辺の広い地域が大須を冠している。
バス停の向かいにある万松寺の参道はなかなかのものだ。パチンコ店、場外馬券売り場、宝くじ売り場なんかも入っている。お釈迦様に怒られるのではないかとも思うが、織田信長公の父にあたる信秀公が建立したということなので、織田側がいいならいいかもしれない。
実はバスに乗る前に上前津の駅に行って名古屋の市バス・地下鉄全線一日乗車券を870円で購入した。バス車内でも買えるが、混んでいたら面倒なので。
乗り放題――これは興奮する(色欲)。しかし放題とは何事か。強欲そのものである。ここまでに大罪のうちいくつかを冒したことにはなるが、別にこの一日で七つの大罪を冒しつくしてやろうとかそういうつもりは一切ない。
なおこれと全く同じ効能を持つドニチエコきっぷというものがあるが、なんと更に安い620円で買える。但し、使用できるのはその名の通り土日と休日(いわゆる祝日というやつだ)、そして毎月8日(環境保全の日という名目らしい)だけだ。毎日環境保全したっていいじゃないか(憤怒)。同じ内容なのに価格が違うなんて、土日に使う人はずるいぞ(嫉妬)。
今日は、名古屋市にあるスーパーじゃない銭湯のうち、東西南北の端にあたる4つの銭湯を巡るのが目的である。銭湯は良い。恐らく七つの大罪のどれにも抵触しない。昼間っから銭湯4軒ハシゴするなどという行為がそもそもなんだか怠惰を貪っているような気もするが、いっぺんそこんところは脇に置いておこう。
最南 三吉温泉(東海市が目の前)
さて、上前津から栄21系統のバスに乗って到着したのは神宮東門。この神宮というのは、余り説明する必要はないと思うがあの草薙剣があると言われる熱田神宮だ。ここで更にバスを乗り換えて名古屋市の最も南に位置するスーパーじゃない銭湯に向かう。スーパーじゃない、と呼称し続けるのも気が退けるので以降、街銭湯と呼称しよう。
名古屋において大体の街銭湯は15時くらいに開くので、時間がまあまあ空いている。折角なので熱田神宮にお参りすることにした。
境内の一部に露天フードコートがあるのだが、きしめんのダシの香りが辺りに充満していて非常に辛い。これ以上暴食を繰り返すわけにはいかない。今日はまだおやつを食べていないのでクリームぜんざいはセーフだろう。そう解釈して午後の優雅なひと時を過ごす。宮きしめんのイートインをやっているところはまあまあ限られている。次に来た時にはきしめんを食べたいところだ。
さて、暴食の誘惑に打ち勝ったぼくは無事神宮東門のバス停から神宮15系統のバスに乗る。この系統名が曲者で、出発点の有名な場所を冠しているものの、じゃあどこに行くのかというと瞬時に判断できない。そんなときにはこのアプリ! と広告案件のように挟む話もないので実際のところを書いてしまうと、大体auのナビウォークかgoogleマップを使う。この二つのアプリを適当に駆使してさも自分で見つけたルートのような顔をして(これは傲慢ではないだろうか)バスを乗り継いで目的地を目指すのである。なおナビウォークの方は自分の使い方にマッチしているので長年微課金勢として利用している。
30分弱バスに乗り、降り立った停留所は三吉町三丁目。地域に詳しくない人からするとよく分からない場所だ。この近くに、名古屋市で最も南に位置する街銭湯がある。
名古屋市の形からすると緑区か港区に最も南の街銭湯がありそうなものだが、最も南に位置する街銭湯は南区にある(ちなみに緑区にある街銭湯もまあまあ南に位置している)。名前的に特に不思議はない。
その名も三吉温泉。「温泉」と名前が付いていて湯に温泉を使用していない銭湯は歴史が古いものと相場が決まっている。そう、この最も〇〇に位置する街銭湯を巡る旅は名古屋の歴史とその形を巡る旅なのである。たぶん。
三吉温泉の近くを流れる天白川の対岸は隣の東海市だ。なるほど、名古屋で一番南にある街銭湯という信憑性が増す。なお、写真の左手側は名古屋市の緑区だが、こちらの方角には街銭湯はない。スーパー銭湯もない。緑区を越えて大府市に入るまでそういうものはないのである。こう書くと緑区に銭湯がないように聞こえてしまうが、単に緑区の南方にはないというだけなので悪しからず。
住宅地にあるバス停、三吉町三丁目から100mほど歩くと三吉温泉に辿り着く。見えている薪はいくらなんでも飾りではないだろうからきっと薪で沸かしているんだろう。
なんとサウナが無料。大体こういう街銭湯だとサウナが別料金なのでこれはお得だ(後に街銭湯に幾つか行ったところ、意外にサウナ無料のところも多かった)。開店直後だったのでなかなか賑わっている。街銭湯には珍しい炭酸風呂があった。
次があるので少し慌ただしくもあるが、20分程度過ごした。来たときと同じ神宮15系統のバスで元の方向へ戻る。この系統には、ところどころ私鉄の名古屋鉄道の駅名を冠した停留所がある。つまり、三吉温泉にはバスで向かったが名古屋鉄道、通称名鉄(めーてつと発音する)でも行く事はできる。ただ、折角の市バス地下鉄乗り放題だし、そこまで時間がかかる訳ではないのでバスを利用している。単にバスに乗るのが好きというのもあるが。
最西 新元湯(下之一色)
終点の神宮東門の一つ手前、熱田伝馬町で降りる。またここから次のバスに乗り替えだ。別に神宮東門まで戻っても良いのだが、乗り換え時間が1分になってしまい恐らく不可能である。15分待てば次の便があるものの、可能な限りロスは避けていきたい。……といった具合に無事熱田伝馬町での乗り換えを済ませるはずであったのだが。
そう。神宮である。別に乗り過ごした訳ではない。ナビウォークに出ていた乗り場が間違っていたのと少しだけバスが遅れていたため乗りたい系統のバスに乗れなかったのだ(こういうとき大体乗りたいバスの方は定刻通りに通り過ぎていく)。そのまま待っていても良いのだが停留所一つ分歩いた。停留所一つ分など大したことないと思っていたが、乗りたい系統の乗り場は端の方に位置していたので結局800mほど歩いてしまった。寝ていて終点まで来ちゃった、の方がだいぶマシだったかもしれない。
そんな訳で乗ったバスは幹神宮2系統。相変わらずどこに行くのか分からない。雑に言えば国道1号をぶっ飛ばして(誇張である)西に行く路線だ。そう、次の目的地は名古屋市で最も西にある街銭湯である。
学校帰りの学生でいっぱいになったバスに揺られて30分弱。着いたのは一色大橋。名古屋市のバスは大体終点まで乗ると30分くらいになるような気がする。
ここから、商店街を抜けていく。
川に辿り着くとここがかつて漁港だったことを示す看板がある。そして振り返ると。
そこに銭湯があった。新元湯だ。中は比較的小さく、洗い場も少ない。ネットによれば営業時間は16時から18時まで。しっかり狙って来ないと入れない。シャワーの勢いが控えめだったり、カランから湯が出てくるまで少し時間がかかったりしたのもあって少しのんびり過ごして閉店時間ギリギリまでの滞在になった。
元々、漁港や魚市場のある地域だったのでその頃は漁業関係の人たちで賑わっていたのかもしれない。
こんな記事を見付けた。銭湯に入りにきただけなのにちょっとした歴史の勉強になってしまった。ただ、市場は去年閉鎖したばかりであったり、ここの地名を冠したお店があったりするので歴史と言うにはまだ早すぎるかもしれない。かつてあった市場の名を冠した鮮魚店なんて、ロマンが溢れている。
最東 玉の湯(瑞穂区)
さて、橋に戻ってバスに乗る。また伝馬町に戻ってきてしまった。伝馬町の名前の由来的に、どこに行ってもここに戻ってくる仕組みになっているのかもしれない。名古屋の中心はどこか? という問に対して神宮・伝馬町と答えても間違いではない気がしてくる。歴史から言えば、今ある街の全てに先んじて神宮があったわけだし、むしろそうでないとおかしいとも言えるだろう。
さて、そんな伝馬町からはなんと地下鉄に乗れるのである。バスばかり乗っていたのから一転、アーバン感が出てきた。
と思ったのだが地下鉄からはたったの3駅で降車となった。短いアーバンチュールであった。
新瑞橋にはバスターミナルがある。伝馬町や神宮東門と違いひとところにバス乗り場が集まっていて助かる。
バスに乗り換えて停留所4つで降車。あっという間に名古屋市で最も東にある街銭湯の最寄りバス停に到着。
そこから100m程度で玉の湯。何となくではあるが名古屋市の最も東感は薄い。何故ならばここは瑞穂区。名古屋に詳しい人なら分かると思うが、この区は名古屋の中でも別に最も東にはならないからだ。
なぜこうなるのか、は名古屋市の歴史に関係がありそうだ。
元々名古屋市の東側は名古屋市ではなく、それぞれ別の市町村だった。いずれも今では住宅地になっているエリアだが、当時は恐らくそれほど人口も多くなかっただろう。
名古屋市の東側は比較的新しい街なのだ。これらのエリアが名古屋市になったのは昭和30年代以降。折しも高度経済成長期と合致する。別に名古屋市になった瞬間に都市化が進む訳ではないし、その時期に全ての家に風呂が備え付けられていたとまでは言わないが、これらの地域での銭湯の需要は他の地域に比べて低かったのではないだろうか。従って時代が下ってきてスーパー銭湯ブームが起きた後にできた温浴施設だけがこの地域に残っている、と推測できる。
そうすると、今回行った街銭湯の玉の湯のある辺りが、「古い名古屋」の最も東にあたるエリアになるのではないか。ここに最も東にある街銭湯があるのも納得がいく。実際この推察が正しいかは分からないが、昭和30年代までは瑞穂区は名古屋で東側に位置する区の一つだったので間違っていたとしてもまあまあいい線いってる仮説ではないだろうか。
この辺のことをはっきりさせるには色々と取材がいるので今回は何となくふわっとさせておく。
ちなみに最も西だった下之一色の新元湯は大正からやっているらしいが、先に紹介した名古屋市の変遷によれば下之一色町が名古屋市になったのは昭和12年。ここに古い街銭湯が残っているという事実は、漁港や魚市場があったことによる賑わいがいかほどのものであったかを示す好材料と言えるだろう。
さて、玉の湯。サウナは無料。壁面にはタイルを使ったモザイクアートが描かれていた。そんなにあちこちの街銭湯に行った訳ではないが、そもそも名古屋の銭湯で壁に何かが描いてあるのは珍しい。街銭湯の壁といえば富士山と相場が決まっているが、ぼく自身は見たことがない。
やっと壁面絵画を見られたと思ったが、どうやら富士山ではなさそうだ。湖の向こうに山が見え、湖畔には西洋風の建物が見える。ぼくの数少ない、というか唯一の、山が見えそうな西洋の湖はどこ? という問に対する答えはレマン湖! なのでこれを仮称レマン湖モザイクタイルアートとすることにした。この辺のことをはっきせるには色々と取材がいるので今回はふわっとさせておく。
なおこの仮称レマン湖モザイクタイルアートよりもサウナに入っている間に見ていたテレビの方が眺める時間は長かった。仕方ない。
最北 比良温泉(比良、清里町)
玉の湯で45分ほど過ごし、バス停に戻る。来た時と同じ幹新瑞1系統に乗り、新瑞橋へ。基本的に来た道を帰ることが多い。それも当然の話で、名古屋市の端側に移動するならば別の場所に移動するためには戻って乗り換えるのが効率がいいからだ。
だからこういう事も起こる。南、西、東に行って北に向かう途中の乗り換え駅。
出発点に戻ってきてしまった。ここで鶴舞線に乗り換える。勝手知ったる駅だと思っていたらパン屋さんが入居していた。
知らなかった。旅はしてみるものだ。
そして庄内通で降りてバスに乗り換える。庄内通駅にあるバス停は名塚。そこから栄11系統に乗り、さらに北を目指す。この地域に不案内な人には不親切この上ない名称の数々だ。長く名古屋(やその付近)に住んでいる人でもピンと来ない。
これで「あー、比良とか如意の方に行くやつね」と断定できるのは玄人だ。
と、いうわけで比良。名古屋に明るい人であれば名古屋最北端の街銭湯が比良にあると聞けば、まあそうかな、と思うだろう。ちなみに比良は西区だ。西区は北区と共に名古屋市の北辺を形成している。本当は名古屋市の最北端(そして最東端)は守山区にあるのだが、その辺ははっきり言って山の方なので街とは言い難い。名古屋の市街地の北辺は西区と北区なのだ(個人の感想です)。
バス停から100mほどで比良温泉に到着(住所は清里町)。サウナは200円。ただ、大きなサイズのタオルが貸し出されるのでサウナ100円貸タオル100円のセットということなのだと思う。
中は外観から感じた通りの新しさを感じた。壁にはサンゴのある海と鳥の絵が描いてある。何かを燃やしたような香ばしいにおいが漂っていた。薪を炊いているかもしれない。もしかしたら隣に燻製居酒屋があるだけかもしれないが。
湯はそれなりに熱め。サウナの温度は100度を越えていたが、部屋は広く割とカラっとしていたのでゆっくり入れた。
入浴時間は45分ほど。今日一日通じて大体そんなもんではあるが、普段ぼくは銭湯に行くともう少し長く入っている。サウナがあれば2時間弱入っていたりするのでやや慌ただしかったかもしれない。30分以上入っていれば十分ではあるが。
風呂上がりにレモンサイダー(商品名はレモンサワー)。無糖らしい。うまい。他にも珍しい飲み物が幾つか売っていたのでこれ目当てで入りに来てもいいと思った。
帰り際、意を決して番台さんに薪を使っているか聞いてみた。「うちは全薪です。全薪でやってるところは西区ではうちだけだと思います。名古屋全体だと、一部薪でやってるところもあると思いますが全薪は3軒くらいしかないと思います」
サラサラっと面白い話を聞いてしまった。
「また来ます!」とは言ったものの比良は交通費的にもまあまあかかるなあ、でも土日なら620円で乗り放題になるしアリかな、ともやもや考えながら立ち去る。街銭湯が開くのは15時くらいなので、昼間どこかに行って一日の締めに寄るというのがいいかもしれない。
新しい銭湯との出会いがあったり、何となく名古屋の歴史の勉強になったりしたのでこういう小旅行も悪くない。半径10kmに収まる範囲で、かつ名古屋市から出ていない。それでもこんなに楽しめた。
こういう意味の分からない楽しみ方は住んでいないとなかなかできないことだと思う(土地勘も含めて)。名古屋に住んでいて良かったな、と思うものの結局ぼくのような人間はどこに住んでいようと何やかやこじつけて勝手に楽しみに行くので言い換えるとぼくがぼくで良かった、となってしまう。
ただ、名古屋がほどほどに歴史があってほどほどに都市だったから今回のような楽しみ方が出来たとも言える。結局のところ、住めば都という言葉を7000字程度を弄して説明しただけに過ぎない。住めば都という言葉の説明にかける文字数としてはやや破格の出血大サービスだろう。
(了)